


小田 頑張ってるねー。 きょうも野田阪神駅の前を通りがかった時、 演説聞きましたよ。 厚生年金病院のこと話してられたね。
清水 廃止・売却が決まっていた全国の厚生年金病院と社会保険病院を公的存続すると、 長妻厚労相が言いました。 福島区でも小田先生が代表世話人を務めていただいた 「存続を求める会」 を中心に、 超党派の住民運動になりましたよね。
青春打ち込みつくった病院
小田 僕も病院の門前でビラ配りをしたけど、 本当に地元の方たちがよく頑張ってくれましたね。 僕は昭和28年、 この病院をつくるために九州から来たんです。 当時は厚生年金を集め始めたときで、 お金はいくらかかってもいいから、 いい病院をつくれという触れ込みだった。 診察台から全部自分たちで設計して、 青春を打ち込んでできた病院でした。
地元で開業してからも年金には随分お世話になりました。 医師会長をやってたときに、 先代から引き継いで地域の救急医療体制に力を入れたんです。 第一線はわれわれが引き受けて、 その次に救急指定4病院、 そこがいかん場合は年金や関電 (関西電力病院) に送るシステムをつくった。
清水 医療連携ですね。 厚生年金病院は、 地域開放型の産科医療や24時間対応の小児救急、 院内学級と地域医療の拠点として大きな役割を果たしてきました。
私たち日本共産党の議員団も、 これは党派を超えて存続させなくてはならないと市議会でも何度も取り上げましたが、 大阪市の答弁は、 国の医療機関だから国が決める。 市としては物が言えないと。 そうじゃなくて、 地方自治体として市民の命を守る立場として、 公的医療機関としてちゃんと残せと国に言うべきだと私たちは主張しました。
小田 清水さんには大分県の由布市にも話しに行ってもらいましたね。
清水 由布市の市長さんは、 市長の仕事のほとんどが厚生年金病院存続の陳情かと思うぐらい一生懸命やっておられました。 高知市も市議会議長が陳情に行かれたり、 自治体、 議会、 住民・患者、 そしてそこで働く人たちが力を合わせた。
やっぱり今回の問題は、 10ある厚生年金病院と53の社会保険病院存続を求める運動が連携したのが大きな力を発揮しましたね。
小田 そう。 皆さんが力を合わせたのが力になりましたね。
医療をもうけ道具にするな
小田 それにしてもいま医療は大変だよ。 僕らも大赤字。 最近も区内で二つの病院がやめられました。
清水 診療報酬がどんどん低く改定されて、 医療費もどんどん高くなっています。 保険料も払えないほど高い。
小田 一人一人の個人の支払いが高いんですね。
清水 大阪府の医師会も、 医療費の窓口負担を減らすように各政党に働き掛けられていますが、 ヨーロッパに行くとほとんど窓口負担がかからない。 地域の医療をみたときに診療報酬や医師不足、 公的病院の統廃合の問題でも、 国の施策に振り回されることが多いんですね。
先生はよく、 金もうけするために医者になるな。 医療を金もうけの道具にするなとおっしゃってますね。
小田 ほんと、 私はまったく金に縁がないよ (笑い)。 いつもフーフー言ってる。 医者だったおやじも 「赤ひげ」 と呼ばれてたけど、 僕も飲まず食わずでやってきました。
医療はそろばん勘定じゃないんです。 私たちは命を懸けて一人一人を診ている。 ここで診て 「あっ」 と思ったらすぐに紹介状を書いて大きな病院に行ってもらいますが、 入院となったら毎日、 「どうや?」 といって患者さんの様子を診に行くんです。 とことんお世話するのがわれわれの務めなんですね。
いまあちこちで公立病院が赤字だとかで閉鎖されてるけど、 市立病院は採算がとれなくて当たり前。 あとは自治体が面倒をみるべきなんです。
清水 人の役に立ちたいと思って資格を取って看護師になられても、 人手不足で超過密労働、 徹夜、 宿直勤務という中で、 体がもたずに仕事を続けられなくなるという人が多いんですね。 そこは政治の責任で、 命を懸けて頑張ろうという人たちが、 やりがいを持って安心して頑張れる環境づくりをしてこそ、 患者さんも安心して医療機関にかかれると思います。
患者が増えると国の持ち出し医療費が増えるから医者を減らせとか、 保険料を高くしようなんていう不純な動機は言語道断ですよ。
小田 まったくその通りだ。
戦争体験から核防止活動へ
小田 僕は戦争末期に、 広島県呉市の海軍病院に勤めていたんです。 8月6日、 原爆が落ちた直後に広島へ救援に行って、 救護所に運ばれてくる患者さんを診ました。 治すとか助けるなんてもんじゃなく、 ほんとに無力でした。
長崎も大変で、 大学に帰って長崎の患者さんの血液検査をして11月の学会で発表しようとしたら、 GHQ (連合国軍最高司令官総司令部) が全部持って行った。 寝ずにやった実験、 データ。 これはこたえましたね。
清水 先生は、 核戦争防止国際医師会議 (IPPNW) の活動もされていますが、 いま核密約の話が大きな問題になっているでしょう。
私も先日の大阪市議会で質問しましたが、 大阪港には過去5年間に米軍艦船が5隻、 自衛艦が23隻入港しています。 イージス艦はJ岸壁という食品埠頭に着けるんです。 バナナでも持って来たんかというんですけど、 積んでるのは弾薬。 そんな軍艦が核を積んでるかいないか大阪市は主体的に調べようとしないんです。 大阪港は戦争時は大打撃を受けて、 取扱高を戦前にまで復活させるにのに何十年もかかりました。
小田 神戸は非核神戸方式がありますからね。
清水 ええ。 1975年に神戸方式ができるまでは米軍艦が100隻以上神戸港に入ってましたが、神戸方式ができて「これから入ってくる船は証明書を出してください」 と言った途端、 一隻も入ってきてないんです。
小田 それはすごい。
清水 大阪港の平和利用の決議が大阪市で上がるのはいま、 大変意義があるんですね。
こうと決めた道を最後まで
小田 あなたのことは、 大阪市会議員になる前から駅前で演説ぶってるのをよく聞いて、 よか青年がおらっしゃるなあと思ってた。 声は大きいし、 スタイルはいいし、 話す内容もいい。 当選した時はほんとにうれしかったね。
清水 私が小田先生を尊敬しているところは、 ご自身がこうだと決めた道を最後まで頑張り抜かれる姿勢です。 患者のため、 人のため、 命のために終始一貫されているところに見習っていきたいと思います。
小田 名誉のためというのは駄目。 そういう意味では清水君は合格。 国会でも命を懸けて、 大衆のために働いてほしい。
清水 小田先生と対談した後は、 しんどいとか疲れたとかますます言えなくなるなー (笑い)。 頑張ります!
・参院大阪選挙区候補・大阪市議 清水ただしさん
・小田徹也さん
元福島医師会長・医師 小田徹也さん
<大阪民主新報 記事、写真より>
