岩手県ボランティア(2)

活動二日目の21日、大船渡市に移動。大阪らしい救援活動をやろうと、たこ焼きをふるまって被災者を激励する計画です。

田中英二・大船渡市会議員の案内で総合運動公園仮設住宅団地へ。市内38カ所の仮設住宅団地のうち最大規模(302戸)です。田中議員からは、被災地の現状や漁師のみなさんの要望などについても詳しく聞かせていただきました。

具材の調達と調理、生地の下ごしらえは、大船渡市でボランティア活動を続けている住之江区の岡野竜也さんに全面的な協力を得ました。岡野さんは「何か救援活動をして被災者の役に立ちたい」と共産党の木津川南地区委員会に相談。大船渡市の党事務所を紹介されてから、2ヶ月間住み込みでボランティア活動を続けています。岡野さんは元寿司職人。調理、味付けはお手の物です。

11時に開始してから長蛇の列ができました。たこ焼きは一度に60個しか焼くことができません。最初は売り子に徹する予定だった私も、ハリ棒を持ち、たこ焼きを焼く当番に。こんなことならもっと大阪で練習してくればよかったと後悔するも後の祭り。
とにかく、必死で焼き続けました。普段から饒舌といわれる清水ただしも、この時ばかりは無口に...。それでも被災地のみなさんに大阪名物を楽しんでもらいたい一心で、愛情込め、6時間ぶっ続けで焼きました。
ずいぶん長い間待ってもらう人もいましたが、「見てるだけでも楽しいよ」と、不慣れながら一生懸命に焼く私をあたたかく見守ってくれていました。
小学生の男の子に、「僕、将来は何になりたい?」と聞くと、すかさず「漁師になりたい!」と声が返ってきました。ここでもたくさんの船が流され、ようやく調達した船を数人の漁師さんが共同で活用するような状態です。
大企業に漁業権を与え、利益第一の漁港にする「水産特区構想」に、多くの漁師が反対しています。親の後をついで立派な漁師になろうとしている少年の願いをかなえるためにも、地元の声を国会に届ける日本共産党の役割が大切です。

たこ焼きはまさに「待ち」の料理。ひっくり返すのが早いと丸い形になりません。焼きあがるまでの時間、バナナのたたき売りならぬ、たこ焼きのたたき売りの口上や漫談、「毎度おおきに!大阪は食い倒れの街でっせ!行き倒れをつくったらあきまへんで!」など、大阪話などをしながら、待っている方たちを飽きさせないよう、一生懸命語らせていただきました。

他のボランティア団体の方たちとも交流。島根大学の青年は、「アルバイトでたこ焼き焼いてます。お手伝いさせてください」と飛び入りで手伝ってくれました。もっと早く来てくれてもよかったのに!思わずそう叫んでしまいました。

活動三日目は、市議選挙真っ最中の盛岡市へ。4年前に全国最年少議員(当時25歳)になった鈴木努候補の支援へ。一期目ながら毎回質問に立ち、多くの実績をつくりあげ、他党も一目置く存在に。まさに大型議員です。

鈴木候補の夫人である、幸子さんが勤める盛岡医療生協の在宅総合センターへ。ボランティアで、ショートステイの利用者さんに、「一日一本、バナナを食べると一年寿命が延びます!五本食べるとお腹を壊します!」と、お得意いのバナナのたたき売りを披露させていただきました。

その後、鈴木事務所で炊き出しの支援をしてくださっている後援会のみなさんが集まる場所で、小集会を開くことに。私からは、「72億円にのぼる溜め込み財政を活用すれば、この盛岡でも子ども医療費の助成を大きく拡大させ、高い国保料や介護保険料を引き下げるることはできます!そのためにも鈴木努候補を含む、5人全員の当選を勝ち取らせてください!」と、日本共産党の役割と選挙勝利の意義について語らせていただきました。

最後に印象に残った一枚を。
陸前高田市の入り江付近では、雄大に広がっていた松林も壊滅。ただ一本だけ津波の被害から残った松の木があります。岩手県の復興のシンボルともいえるこの木を見て、「がんばっぺし」という掛け声とともに、力強く復興を遂げようとがんばっていらっしゃる被災地のみなさんの思いが伝わってきました。
わずか三日間の活動でしたが、被災地を肌で感じ、被災者のみなさんの声を聞かせていただき、地元で献身的に奮闘する党議員団と交流できたことは、私にとってとても貴重な体験でした。
今回、岩手県で学んだこと、経験したことを大阪でもしっかりと伝えたいと思いますし、機会があれば、再度現地に入り、少しでも役に立ちたい。救援・復興活動に取り組む決意を私自身、新たにすることができました。